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日本人にして唯一のオールブラックス入りしかけた男

日本人にして唯一のオールブラックス入りしかけた男

世界最強ニュージーランド代表ラグビーチーム「オールブラックス」!!

 

かつてそのメンバーに入りかけた男を知っていますか?

 

 

 

 

それがこの男、坂田好弘

 

”FLYING WING SAKATA”と称された男

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=IWd7u9GZYm8

 

 

 

関西ラグビー協会会長だ

NZでのあだ名はflying wing の他にもデミー坂田

 

カンタベリー大学へ留学。カンタベリー州代表選手としてプレーする。日本人初のニュージーランド州代表選手権1部リーグ選手となり、ニュージーランド大学選抜、NZバーバリアンズにも選出された。1970年にはラグビーニュージーランド代表南ア遠征メンバー候補にも挙げられた。NZ地元紙において「坂田を南アフリカへ連れて行け!」と記事に掲載された

出典坂田好弘 – Wikipedia

 

 

坂田氏は、洛北高校でラグビーを始め、100m11秒台の俊足と柔道で鍛えた足腰を武器にトライを量産した。

1968年、日本代表のニュージーランド(NZ)遠征に参加し、歴史的な勝利となったNZジュニア(NZ23歳以下代表)戦で4トライ。その前のポバティベイ戦では5トライし、この年のNZの1試合個人最多トライ記録を作った。翌年、強豪カンタベリーユニバーシティークラブのレギュラーとなり、シニアリーグで18トライをあげ、このシーズンのトライ王となる。

ストップして次の瞬間に走り出す「チェンジ・オブ・ペース」、内側に切れ込んですぐに外側にコースを変える「イン・アンド・アウト」の技術でラグビー王国の選手を翻弄した。活躍はバーシティークラブだけにとどまらず、南島大学選抜対北島大学選抜戦に出場し、オールブラックスの選手を抑えてNZ大学選抜入り。カンタベリー州代表のセレクションマッチで3トライして州代表入り。当時のカンタベリー州代表は、現在はクルセイダーズに相当するのだが、1969年オールブラックス17名中、カンタベリーからは実に10名が代表入りした。坂田氏は、NZでの滞在が5カ月で代表資格がなかったのだが、資格があれば間違いなくオールブラックスに選出されたと言われている

出典:村上晃一ラグビー愛好日記 一部改

 

滞在が5ヶ月で代表資格が無かったためオールブラックスには選ばれなかったが、資格があれば間違いなく選出されていた、、すごすぎる、、

 

実際にプレーを見てみよう!!

 

NZ MAORI vs NZ BARBARIANSにバーバリアンズとして出場

これが「インアンドアウト」 現在のスワーブに近いかも

 

 

ALL BLACKS vs CANTERBURIANS にも出場

 

現在では世界で活躍する日本の選手も珍しくはない

田中史朗選手もオールブラックスのレギュラーを押しのけNZのチームのレギュラーをしていたことも!!

 

次はどの選手がデミー坂田に続くか!?

 

https://rugbychannel.site/omoshiro/oldhaka/ https://rugbychannel.site/nihondaihyou/haka/ https://rugbychannel.site/omoshiro/aigcm/

 

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