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聴覚障がいのハンデに打ち克って~デフラグビー日本代表主将の大塚貴之さん

聴覚障がいのハンデに打ち克って~デフラグビー日本代表主将の大塚貴之さん

聴覚障がいのハンデに打ち克って~デフラグビー日本代表主将の大塚貴之さん

 

皆さんは、聴覚に障がいを持つ人たち(デフ=Deaf)が取り組んでいるラグビー、デフラグビーをご存知ですか?

 

まだまだ十分に世の中に認知されているとはいえないデフラグビーですが、今回は、子供の頃から健常者に交じってラグビーを続け、その後デフラグビーの日本代表チームの主将として活躍している一人のラガーマンを紹介します。

 

今年4月22日~28日にオーストラリアで17年ぶりに開催されたデフラグビー7人制世界大会「ワールド・デフラグビー・セブンズ(World Deaf Rugby 7`s)」に参加した日本代表チーム「クワイエット・ジャパン」の主将を務めた大塚貴之(おおつか たかゆき)さんです。

7人制デフラグビー世界大会で、日本代表がベスト4に!

 

今までにも何度か、その生き様はメディアで紹介されましたが、大塚さんは、大分県出身の25歳。生まれつき重度の難聴のため、聴力がほとんどありません。日常会話には困りませんが、小学生の頃にラグビーと出会ってから、引っ込み思案だったのが積極的になったそうです。

 

コミュニケーションが特に重要なラグビーで、仲間の掛け声は聞こえない、レフェリーの笛も動作で判断しなければならない、といった不利な条件の中、「小さい頃から読唇法と声を出すことを教え込まれたおかげ」で、ハンディキャップを感じさせず楕円球を追い続けていきました。

 

ポジションは俊足を生かしたウィング。グラウンドに立つと、味方の声もタックルしてくる相手の足音も聞こえず、最初は怖かったそうですが、練習や試合を重ね、知識と経験を蓄えたことで周りの動きを先読みできるようになりました。 声が聞こえない分、チームメイトにも積極的に話し掛けていきました。

 

中学生の時には、大分県選抜チームの一員に選ばれるほどの実力に成長し、高校では主将として全国を目指すチームを牽引しました。

 

そして、大学ラグビーの強豪校、帝京大学に進学したのです。すでに大学ラグビーの頂点に君臨していた帝京大学では、選手に求められるレベルも当然高いものがあります。

 

100人以上の部員の中で、時には悩みながら悪戦苦闘し、チームの中でサバイバルしていくための努力たるや、並大抵のものではなかったはずです。

 

「耳が聞こえない自分が、日本一のチームでどこまで通用するか、その可能性を試してみたかった」という決意のもと、大学ラグビー選手権6連覇(当時)という最強チームの中で、とにもかくにも4年間、頑張り通したのです。

 

そして、4年生の冬、大学選手権の対「朝日大学」戦に途中出場し、九州から上京したご両親が見守る中、見事にトライを決めて、大会6連覇に貢献したのでした。

 

 

 

大学卒業後は、社会人ラグビーの強豪パナソニック(旧三洋電機のチームを継承)へ障がい者雇用ではなく総合職で入社。

 

その後、パナソニックのラグビートップリーグチームであるパナソニックワイルドナイツのプロモーションや子供向けのラグビー普及事業を行う特定非営利活動法人ワイルドナイツスポーツプロモーションに転職、現在に至っています。

 

 

ラグビー選手としては、日本有数のアマチュア社会人チームの一員として、そして日本聴覚障がい者ラグビーフットボール連盟(デフラグビー)の日本代表中心選手として、今もなお情熱的にラグビーに関わっています。

 

「障がいは不便だけどマイナスではない。僕の人生にとっては間違いなくプラスです」と語る167cm、75kgの小さな体の中は、不可能を可能に変える勇敢な心で満ちています。

 

自分の足と目と強い心で困難に打ち克ち、未来を切り開いてきた、大塚さんの挑戦はまだまだ続きます。

 

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